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    9/25/2008

    Nana-L.O.V.E


     
    First time, first love
    Oh what feeling is this
    Electricity flows
    With the very first kiss
    Like a break in the clouds
    And the first ray of sun
    I can feel it inside
    Something new has begun
    And it's taking control
    Of my body and mind
    It began when I heard I love you
    For the very first time
    For the very first time
    For the very first time
    For the very first time
    In control, in control
    My body control
    My body control
    I can feel it
    And it's in control
    My body control
    My body control
    I can feel
    This life, this love
    All the sweetness I feel
    So mysterious yet
    So incredibly real
    It's an uncharted sea
    It's an unopened door
    But you gotta reach out
    And you gotta explore
    Even though you're not sure
    Till the moment arrives
    There he is and you know you're in love
    For the very first time

    アドベンチャー・ライフ

     
    adventurelife
    アドベンチャー・ライフ
    Adventure Life 
    A-Works
    サンクチュアリ出版
    高橋歩
    ISBN4902256002

    愛する人と自由な人生を。
    “夢”と“冒険”に生きる自由人・高橋歩が綴った、20代、
    10年間のライフストーリー&言葉集!!

    この本は、自由人・高橋歩という30歳の男のすべてが詰まった本です。
    仲間と自分たちの店を始めたり、自分たちの出版社を始めたり、
    妻と世界一周の旅をしたり、沖縄の離島でアイランドビレッジを始めたり・・・・。
    自分の心に正直に、20代という日々を駆け抜けた、彼の行動と感覚が記録されています。
    友達と、両親と、兄弟と、そして、最愛の妻や子どもたちと・・・。
    愛する人たちと共に。自由な人生を。
    そんな気持ちがいっぱい詰まった本です。

    さて、人生の本番はこれからだ。
    人生は有限。残り時間は限られている。
    長くても、人生80年。ひとりの人間がやれることなんて、肉体的にも、
    精神的にも、限られてる。それは、誰にも外せない枠なんだよね。
    だからこそやっぱり、シンプルに、自分が「やりたい!」って想うこと
    を、一所懸命やるしかないなって想う。
    限られた時間の中で、どれだけ最高の人生を送れるか。
    俺の根源にあるテーマは、やっぱり、これだな。
    次は、何に生まれるかわからないけど、今回の人生は、この時代、この
    日本という国に、高橋元と高橋啓子の息子として生まれた。
    弟のミノル、妹のミキ、そして、たくさんの仲間たちと一緒に、年を
    重ねてきた。サヤカという女性と出逢い、結婚して、海という長男を
    授かった。そして、今、俺は、ここにいる。
    誰かひとりが欠けても、今の俺はいない。
    大切な人たちに、心からの感謝を捧げます。
    「本当に、ありがとう」。
    そして、これからもずっとずっと、俺は、俺のことを愛してくれる人を、
    当たり前に愛しながら生きていきたいと想っている。
    そして、最後に。
    この本で出逢ったのも、きっと、何かの縁だね。
    互いに、勝手に、自分の道を歩きながら、どこかで、互いの人生が
    クロスできる日があったら、面白いね!
    それでは、また逢う日まで。
    愛する人と自由な人生を。

    Have a nice trip!!
    (本書より)

    目次
    LIFE STORY
    「10代。なんでもやってみよう」
    「20歳。自分たちの店を始める」
    「23歳。自分たちの出版社を始める」
    「26歳。妻とふたりで、世界放浪の旅へ」
    「28歳。帰国。沖縄の離島から島プロジェクト始動」
    「30歳。今、想う事」
    WORDS 高橋歩の語った、64の言葉と想い

    アドベンチャー・ライフ A-Works サンクチュアリ出版 高橋歩

    Love and Free

     
    love&free
    LOVE&FREE
    世界の路上に落ちていた言葉
    サンクチュアリ出版
    文/写真 高橋歩

    南極から北極まで気の向くままに数十カ国を旅して歩いた、
    約2年間の世界一周冒険旅行の記録。

    世界中の「風」を感じ
    世界中の「星」を見上げ
    世界中の「海」に溶け
    世界中の「夕焼け」に頬を染め
    世界中の「酒」に酔い
    世界中の「人間」と笑う
    ただ、それだけでいい。
    ただ、それだけがいい。

    旅を続けながら、どこに行っても誰に逢っても、
    オレがオレであり続けられることに、自信を持ててきた。
    ただひとつ。
    世界中の同世代の奴らと語っていて、いつも「負けた!」と思うことがある。
    それは、「自分の国への誇り」だ。
    世界を放浪してると、自分が日本人であることを「実感」する。
    そして、日本人なのに日本のことを全然知らない自分に驚く。
    恋人や映画の話をするのと同じテンションで、ナチュラルに
    自分の国の政治や歴史について語る各国の同世代の奴らといると、
    なんだか同じ地球の上に暮らしている人間として、
    自分は地に足がついていない気がして、正直、ちょっと悔しくなるときがある。
    やっぱり、オレは日本人なんだし、「日本的なもの」を知って、
    愛して、誇りを持つことは、人間として自然だと思う。
    「自分の国の歴史や現実」についての話を「堅い話」とチヤカしたり、
    「愛国心」みたいなものを「右翼」とか言って変にタブーにするのは、
    逆に不自然な気がしてきている。
    そんなわけで、最近は路上に座り込んでコーラ片手にタバコを吹かしながら、
    日本の歴史の本にハマっています。
    でもさあ、おもしろいね、日本史って。
    「日本史?うぜえよ」なんて言って、いつも授業をバックれていた
    高校時代の先生に逢わす顔がないよ。
    スダセンセイ、ゴメンね。
    (本文「プライド」より)
    9/24/2008

    SEX AND THE CITY

     
    Image:SATC Title.jpg

    Sex and the City is an American cable television program. The original run of the show was broadcast on HBO from 1998 until 2004, for a total of six seasons.

    Set in New York City, the show focuses on four women, three in their mid-thirties, and one in her forties. The sitcom had serialized story lines, as well as dramatic elements and tackled socially relevant issues such as sexually transmitted diseases, safe sex, multiple partners, promiscuity and often specifically dealing with women in society in the late 1990s, and how changing roles and definitions for women affected the characters.

    The show was primarily filmed at New York City's Silvercup Studios and on location in and around Manhattan. Since it ended, the show has been aired in syndication on networks such as TBS, WGN, and many other local stations. However, basic cable outlets edit out certain explicit show content that was broadcast in the original version.

    Presime:

    The show was based in part on writer Candace Bushnell's book of the same name, compiled from her column with the New York Observer. Bushnell has stated in several interviews[specify] that the Carrie Bradshaw in her columns is her alter ego; when she wrote the "Sex and the City" essays, she used her own name initially; for privacy reasons, however, she created the character of Carrie Bradshaw, a woman who was also working as a writer and living in New York City. Carrie also has the same initials, which reiterates her connection with Bushnell.[1]

    Darren Star, the show's creator, paid $50,000 to Bushnell for complete rights to her columns.[2] The show "bears only a passing resemblance to its source material";[2] the columns were "darker and more cynical" than the "gentler" series that Star produced.[2] According to Sex and the City: Kiss and Tell, by Amy Sohn,[3] Star wanted to create a show that expressed true adult comedy, sex, in an up-front way.

    The narrative of the show focuses on Carrie and her three best friends. The women discuss their sexual desires and fantasies, and their travails in life and love. The show often depicts frank discussions about romance and sexuality, particularly in the context of being a single woman in her mid-thirties. Each episode in season one features a short montage of interviews of people living in New York City regarding topics discussed in that episode. These continue through season two but were then phased out.

    Another feature that would eventually be scrapped was Carrie breaking the fourth wall (for example, looking into the camera and speaking to the audience directly, also known in older drama as an aside). Bradshaw would question scenarios and ideas, asking the audience for an opinion or insight on different situations. The pilot, however, also had the characters of Miranda and Charlotte as well as a few minor characters speaking directly to the camera/audience. The last such event by Carrie occurs in episode 3 of the second season, "The Freak Show".

    The method of expressing inner monologues was shifted exclusively to voiceovers by Carrie in future episodes. Her main narration usually revolves around the premise of that week's "article", where she sums up her thoughts with, "I couldn't help but wonder...". As she says that, her computer monitor is shown while she is typing the text of her voiceover, ending up with the theme of the episode expressed as a question such as, "Are we sluts?" or "Can you really have sex without politics?"

    幸福になれると、信ずるものが幸福になる

     
    幸福でありたくば
    全心身をもって「幸福」を描き、
    かうそれのみを見つめよ、
    それ以外に幸福になる方法はない。
    幸福に憧れ、
    幸福に心に描き、
    それを表現すれば、
    必ず幸福となるのだ。
    現像界は影の世界であるから、
    無限の幸福が我々の信ずる通りの影を映すのである。

    一念不動の信仰は成功に欠くことのできね要素である

     
    信仰によって成就しないものは一つないのである。
    吾とは信仰によって、
    知能であろうと、
    財産であろうと、
    健康であろうと、
    霊能であろうと、
    得ることが出来るのである。
    しかし事物を成就を遂げるまでかたき信仰を持続するものがないために事物が困難んとなるのである。

    困難の奥には、必ず救いがある

     
    一見困ったことや、
    不幸せな出来事が起こったとしても、
    それで諦めたり、
    悲観してはいけない。
    困難の奥には
    必ず救いがある。
    一見不都合なことが起こったように思っても、
    もっと長い目で見ると、
    結局はそれが素晴らしい「救い」になっているものである。
    9/23/2008

    麗澤大学

     
     

    大学の特徴

    麗澤大学を選ぶには、それだけの理由があります。

    グローバル社会に生きる、語学力が養えます。

    他大学で4年かけて学ぶ基礎の語学を、麗大では独自のプログラムで2年間に凝縮して効率的・効果的に身につけることができます。努力の成果がはっきり分かるトレーニング法だから、楽しみながら語学力を伸ばしていけます。

    異文化コミュニケーション基地としてのキャンパス。

    海外からの留学生が1割以上を占める麗大生。さまざまな国の言葉、文化、価値観が交流し合う国際色豊かな麗大キャンパス。ネイティブの教員や友人とのキャンパスライフを通じて、日常的に異文化理解へのセンスが身につけられます。

    海外留学で、体験的に国際感覚が身につきます。

    外国語学部で約4割、国際経済学部で約1割の麗大生が、卒業までに留学や語学研修を経験します。生きた国際感覚の養成のために、安心して内容の濃い海外体験のできる制度で、麗大生のグローバル化を支援しています。

    情報社会に欠かせないコンピュータの知識・スキルを磨けます。

    麗大には教育・研究用のコンピュータが約640台用意されています。麗大生であれば、学内にあるコンピュータすべてを自由に使用することができます。情報収集、ネットサーフィンはもちろん、ホームページの開設も可能です。

    教授、というより先生です。しかも、とても身近です。

    先生とも気軽に挨拶し合えるフレンドリーな雰囲気も麗大の魅力の一つ。少人数での授業だから、先生とのフェイス・トゥ・フェイスの間柄がごく自然に築けます。そんな身近な先生が、専門分野を代表する権威であったりするのも麗大ならではです。

    学部の枠を超えた、英語による授業も選べます。

    「日本を世界に発信できる人材の育成」をめざす麗大では、幅広い視野と知識を養うために学部を超えた授業を行っています。しかも、英語による授業で、専門分野以外の知識を学べると同時に、英語力も鍛えられる効率的な授業です。

    9/22/2008

    By contiuously working at a tast for a good length of time,the real will be distinguished from the false.

     
    True happiness is not a temporary or momentary condition.
    If we conceive of happiness as something gained over a short period of time,
    even a thief is a candidate for happiness.
    That is why it is most essential that we work contiuously for a good length of time.
    Such tasks are extremely wonderful and they can never be accomplished when there is deceit and trickery.

    永く続くと、本物と偽物との区別が表れる

     
    本当の幸福とは、
    ある時期の一瞬、
    又は一刻の状態を言うのではない。
    短期間ならば、
    泥棒でも幸福でありうるであろう。
    だから永続きをするということは、
    大変大切なことである。
    それは全く素晴らしいことだ。
    永く続くということは、
    見せ掛けやインチキを許さないのである。

    Time is something that we create.

     
    We do not work(or study) because there is time to do so.
    Time is something that we create.
    Just as we draw open the curtains when we want to look outside,
    so when we have the strong desire to accomplish a certain task,
    we can pull open the curtain of time

    時間というものは、「作り出す」ものだ

     
     
    人は時間があるから仕事(又は勉強)をするのではない。
    時間というものは「作り出す」ものだ。
    ちょうど「外を見たい」という気持ちになれば窓に引いてあるカーテンを開くように、
    「ある仕事をしたい」という意志と願望が強ければ、
    人は時間のカーテンを開くものである。
    9/21/2008

    Laughter is pure words of light

     
    Laughter does not only bring health and happiness to those who laugh
    but cheerful people sow seeds of happiness and health wherever they go.
    There is no one who can not  feel happy through a bright and cheerful, kindhearted smile.
    Not only facial expression a manifestation of our mind.
    but our mind is also ruled by the expression on our face.
    Times of sadness are the very time to laugh out loud and long.

    笑いはそのまま光の言葉である

     
    笑いはただその人自身を健康に愉快にするばかりではない。
    快活な人は周囲に幸福と健康とをまいて歩く。
    明るい朗らかな深切な笑顔を向けられては何人も幸福にならずにはいられない。
    表情は心の表れであると同時に、
    心は逆に表情で支配されるのである。
    悲しいときほど大いに笑え。

    Travel an unknown plain with honesty and fairness

     
     
    You probably know the happiness of skiing,rugby or some of your other lessons.
    You must not fear what even seems to be hardship.
    Challenge difficulties.
    By engaging in your tasks wiht gratitude in your heart.
    you will for the first time know true joy and happiness.
    Do not fear difficulties.
    Never lose your nerve in the face of the challenges of an unknown world.

    生々堂々として未知の原野を踏破せよ                                                                       

     
     
    あなたはスキーやラグビーその他のレッスンの楽しみを知っているだろう。
    一見苦しみと思われるものでも、
    恐れてはならない。
    困難に挑戦せよ。
    味わってみて、
    初めて本当の楽しみや喜びを知るものである。
    困難を恐れるな。
    未知の世界への挑戦におじ気づくな。
    9/20/2008

    9.20 奶粉问题掉破道德底线

     
     
        就在这两天,三鹿之后那么多奶粉企业的产品被查出类似问题,这是中国的耻辱、是中国人的耻辱。自古以来,中国人讲究再苦不能苦孩子,再难不能难孩子,而专门为孩子提供营养的中国企业到了专门害孩子的程度,不管是有人专门投料,还是企业知情瞒报,良心够黑,心肠够烂。

        其实,目前中国家庭中的中高端家庭在选择孩子奶粉的时候已经大量选择进口与合资企业奶粉,国产企业生产的奶粉主要是农村家庭、进城流动人口家庭、城市收入相对较低的工薪家庭,本来可以说是我们中国社会相对弱势的群体,结果还雪上加霜。养孩子已经不容易,还碰上这帮狗娘养的企业提供的毒奶粉,真的是屋漏逢雨,祸不单行。

        我们现在主要是从对于产品的质量控制的技术层面去考察与议论的,但是我从另外两个角度来想,一个是我们现在的社会管理体制,虽然民生口号喊得响,但是在民生保障能力方面是很脆弱的,我们一个食品卫生问题演变得越来越广、越来越深而且甚至广泛地产生了负面全球化的后果,就是一个非常典型的例证,其他例证也可以从地震救灾物资的被占用、以公益为名的不透明资源占用行为中看到;另一个角度就是我们心中不存天理,无神可敬,无鬼可畏的信仰状况,使得我们没有钱不敢挣,没有事不敢干,没有坏事有畏惧,放肆也就由此而来。人穷志短我们还好理解,企业做大了如三鹿这般何故还苟且如此呢?其实人干坏事,笨点干不了太坏的事情,没资源的也干不了太坏的事情,至少干不了多大的坏事。我们的企业光讲做大做强,如果为人不讲良心,存活没有信仰,企业挣钱不论道道,那么这样的企业大了强了必是人类之害,让我们诅咒这些企业吧。千夫所指,无疾而终,何况那还是有大疾的呢?

        我自己是基督徒,但是我依然尊敬那些有信仰的人,不任是佛还是道,不论是妈祖还是关公,今天这个社会人的自由空间大了,传统的约束机制弱了,所以个人心中有所敬畏,行为有所约束,这是我们社会稳定与信赖的基本指靠。到了孩子都敢这样害,而且还差不多成行业地害人的时候,说明我们这个社会的信任基石已经差不多崩坏了。坦率地说,如果传统的机制不能充分发挥作用,我们就真的需要认真地考虑下调整我们的宗教信仰管理政策,调整下我们原来的意识形态管理体系了。表面喊和谐,实际上疏放道德高度的体制该反省了。

    8.22 放弃追问者不负责任

     

       “只有当钱捐出去之后,要去追问募捐组织究竟怎么使用你捐出的钱的时候,才会发生冲突问题。而只有发生冲突了,才是检验一个企业是否真正负责任的时候到了。”

      “5·12”已经过去四月有余,公众一直关心的一个问题至今没有一个全面、权威的答案:接近600亿元人民币的善款是否得到善用?这个问题能否得到回答、得到的答案如何,直接关乎中国慈善事业的可持续发展问题。

        然而,我们不得不面临的一个现实是,中国大多数慈善基金会是公募基金会,公募基金会的善款多数是来自不确定的个人和团体的,而捐款金额没有达到一定数量的个人和团体往往又是很难对基金会的运作产生影响的。因而,对善款流向进行追踪的责任就自然落到了捐款数额巨大、有能力影响基金会运作的企业身上。那么,企业应如何看待和承担起社会寄予它们的这份责任?就此,本人接受了《中国财富》的专访。 

     

    放弃追问善款流向是花钱不办正事

     

        《中国财富》:“5·12”汶川大地震12天之后,中国社会科学院经济学部企业社会责任研究中心做了一个简单的社会调查,结果显示,86%的受访者对善款最终流向表现出了极大的关心。以中国慈善事业的发展现实来看,冀望社会监督至少短时间内显然是不现实的,只有捐款数额巨大、有能力影响募捐组织运作的企业才能更好地回答公众的关切。但是,采访中,我们发现一个令人疑惑的现象是,不少捐出大量善款的企业对所捐款项的流向表现得漠不关心。你如何看待这类企业的这种反应?

        袁岳:我想借用法理学经常提到的一个观点来阐述我的看法:“冲突发生时的反应是检验一个人负责任与否的试金石。”遇到突发性灾难,企业慷慨解囊,是一种对社会负责的表现。但只有当钱捐出去之后,要去追问募捐组织究竟怎么使用你捐出的钱的时候,才会发生冲突问题。而只有发生冲突了,才是检验一个企业是否真正负责任的时候到了。

        面对冲突,企业完全可以采取两种态度:一是钱我已经捐了,怎么用是基金会的事。表面看是已经尽了责任,但实际上是回避冲突,很难说是负责任的态度。一是钱捐出去之后,我必须保证我捐出的钱用到我想要用到的地方,对善款流向要跟踪到底。不难预料,要去向募捐组织追问善款究竟怎么使用的,肯定会发生冲突问题,而你最终选择了直面冲突,显然是一种更加负责任的表现。

        《中国财富》:但是为什么不少企业会选择放弃追问呢?

        袁岳:我想采取类似态度的多半是国有企业,另外可能包括少数私营企业。它们之所以会选择放弃追问,大概有以下几方面的原因:

        一是国内不少企业的观念中,像地震捐款之类的活动是一个政治任务,而不是社会责任的问题。因而对它们来说,响应政府和行业协会号召,捐出钱了就等于政治任务完成了,至于捐出的钱会怎么使用,那已经不是它们应该承担的政治任务,与它们无关了。此类现象我们可以称之为“花钱办政治的事”。

        二是我国绝大多数企业的治理结构中,没有一套应对像赈灾捐款之类的决策程序及管理体系,更没有一个专门管理像赈灾捐款之类的、涉及企业社会责任的机构,因而遇到像赈灾捐款之类的事情,只管捐钱,钱捐出去之后根本没有一个专门的部门去管理。如果拿国内企业和国外大公司稍作比较,国内企业的问题可能表现得更加突出。因为国外大公司的相关决策程序和管理体系比较完备,因而遇到像汶川大地震之类的突发性灾难,受制公司的决策程序和管理体系,它们捐款环节可能表现得比较迟缓,但是它们对善款流向的追踪是比较积极的。国内企业的此类问题我们可以称之为“花钱办不专业的事”。

        《中国财富》:有没有企业本身意识方面的原因?

        袁岳:你说的意识问题正是我下面要表达的。国内多数企业一是没有意识到追踪善款流向是它们应有的权利,具体而言就是对它所捐赠的组织的监督权;二是更没意识到追踪善款流向、保证善款善用是它的义务,是它应该对社会承担的责任。殊不知,它们的弃权和不作为,小则可能是“花钱办傻事”,大则可能是“花钱办恶事”,纵容和培植了腐败。

     

    以公共的办法解决善款追踪问题

     

        《中国财富》:但是,正如你前面提到的那样,我们还是看到了事物的另一面,一些企业,特别是跨国公司,是很希望弄清楚它们捐出的善款是否得到了有效的使用的。因而又提出了另外一个方面的问题,企业究竟如何才能保证自己捐出的善款流经募捐组织不缩水或者能流向自己期望流向的地方?

        袁岳:这个问题应该分成两个方面来讨论:我认为最方便企业监督的捐赠方式是捐给专业的组织、开设专门的账户、列出专门的计划、拨出专门的款项、用于专门的项目。比如一家企业向一家专门致力于解决贫困山区儿童教育问题的基金会捐出了5000万元,如果开设了专门的账户,列出了专门的开支计划,到时捐赠企业随时可以从账户上查出善款的使用情况,看看是否做到了专款专用,捐款有没有“蒸发”。实际上,上述关系就是捐赠企业与募捐组织之间的一种信托关系,委托人对受托人是很容易行使监督的权利的。如果企业仍然对现有的募捐组织不信任,企业完全可以自己直接举办慈善事业,或者成立自己的基金会。

        但我们经常面对的现实是,特别是遇到像汶川大地震之类突发性的、涉及领域非常广的捐助行动时,募捐组织挖了一个大蓄水池,多个企业往里面注水,注入之后,谁都不知道哪方水是哪家企业的,而且水的出口特别多,即便有一家两家企业希望弄清楚捐款的流向,亦几乎不可能。我们做一个极端的假设。3家企业各自向一家具有“5·12”赈灾募捐资格的基金会捐出了1000万人民币,假设没有单独开立账户,当A企业去问基金会它的捐款如何使用时,基金会完全可以指着面前的一大片帐篷说,我们用来买了1000顶帐篷。A企业如果不去质疑他们的采购价格是不是合适、采购渠道是不是公开透明,肯定会放心而去。当B企业单独去问同样的问题时,基金会同样可以指着同一片帐篷作出同样的回答。当C企业单独去问同样的问题时,基金会完全可以如法炮制。但事实是怎么样的呢?基金会用了3家企业的钱,办了只需一家企业的钱就可以办成的事。而且每个捐款企业通过追踪都对基金会的办事效果感到满意。

        《中国财富》:多个个体的事务加到一起就变成了一个公共事务,而公共事务依靠任何一个个体的力量是很难解决的。

        袁岳:的确如此。既然变成了公共事务,那么显然就应该通过公共的办法解决。具体而言就是,凡是参与捐助的几家大企业应该联合起来,首先与募捐组织约定对方有告知善款使用情况的义务,然后根据当初告知对方的义务行使质疑对方不当行为的权利,亦即对募捐组织的每笔善款使用情况进行追问,唯其如此,才能保证追问结果的可靠性。比如,如果遇到上面举到的例子,基金会总不会同时当着3家企业的面,指着同一片帐篷说3遍那就是用它们的捐款购买的帐篷吧。

        《中国财富》:大企业要联合起来肯定需要一个现实的渠道。

        袁岳:我认为各行业协会就是一个很好的现实渠道。由行业协会出面对募捐组织进行追问可能比企业出面更简单。实际上,许多企业捐款恰恰是通过行业协会进行的,因而行业协会亦是有义务代表企业向募捐组织追问善款流向的。

        另外,媒体和社会力量可以对推动企业追问发挥很大的作用。比如,与愿意追问的企业配合,不断向募捐组织进行追问;对不愿意追问的企业,可以不断向企业发问:你如何看待追问善款流向的行为?为什么你不愿去追问?我想,公共舆论的力量对企业的促动是很巨大的。

     

    9.17 活跃起来的中日对话

      

        东京—北京论坛进行到第四届,我届届参与,每次都发表由零点进行的中国人民看日本与日本人民看中国的对照民意调查结果,今年的结果显示中国人对于日本的印象有明显改变,其中这在很大程度上得益于中日两国领导人的互访与确定的两国建设战略互惠关系的方向,福田首相的外交也显著地提升了对华关系的地位,同时借助于对中国四川地震的参与与支持北京奥运会的态度,中国人民对日本政府的观感有所调整;但是关于中国军事发展、毒饺子等事件则在日本国民心目中依然对中国抱有不愉快的感受,中国成功举办奥运会与经济的继续发展在一定程度上加剧了普通日本国民的不安感。的确正如中国驻日外交官们说的那样,中日关系是一种比中美关系复杂微妙敏感得多的关系。

        东京—北京论坛是由《中国日报》社与日本言论NPO联合主办的一项有双方官方高层参与的民间形式的交流平台,从2004年开坛以来,包括日本首相阿倍、福田在内的日本多位政要,包括赵启正、李肇星、王晨在内的多位中国主管部门首长和中日双方政治界、媒体界、学术界与经济界的不少高层精英参与,而本届论坛在中日关系明显趋于缓和的形势下同时又是日本领导人转换的特殊时期召开,人气是历届中最足的,总人数在200多人。我参加了全部四届的论坛,其中在第二届论坛上提出的“建立日中之间对于历史问题的最低限度共识”的建议受到中日双方的共同赞许。今年我在经济对话中提出的“中方强调中日之间要有更多的合作行动,而日方提出要确定更多的合作条件后行动,还不如日中两国在更多的条件领域展开更多的基础性合作,而不是简单地强调与等待条件”的主张,日本参议员铃木寛先生认为,“如果果然如此实施,将是两国之间合作形式上有划时代意义的提议”。而我提出这一提议的目的,恰恰是中国与欧美之间在法制、教育培训、技术交流等方面的基础合作远远超越日本的水平,中日之间空有口号将很难使双边关系进展到新水平。

        在9月17日的正式会议上,我与日本银行家安斋隆联合主持了包括亚洲开发银行行长黑田东彦、中共中央研究室副主任郑新立、日中经济协会理事长清川佑二、中国国际贸易学会会长施用海先生等多位中日学者、政治家与企业家参与的中日经济合作对话会。会议就美国次贷危机背景下的中日经济合作新选择、中国经济发展的可持续性、中日自由贸易协定前景、人民币与日元的走向、中日在环保与能源技术领域的合作、日本市场对于中国投资的进一步开放、中国扩大消费内需、日本资本市场的活力、日中经济中的泡沫成分等进行了探讨。双方的思维与见解非常活跃,而且有非常正面的互动,在前三届讨论中的沉闷与谨慎在本届讨论中基本不显著。双方比较有共识的部分包括:中国经济在未来相当长一段时间依然会保持10%左右的增长水平,而日本经济的发展依然呈现低迷的气象,在目前全球经济动荡的情况下,日中需要进一步加强合作以巩固亚洲板块在全球经济中的稳定地位;中日应在技术合作、环境合作、投资交流方面进行深入的政策检讨,并推动中日自由贸易协定的讨论;目前是人民币国际化的良好时机,应积极研究中日两国货币的估计地位及相应的汇率管理政策;中国扩大内需对于中日两国经济均有意义;日本面对中国资本输出的需要,应积极检讨市场保护措施与资本市场门槛过高的问题。在中方提出的两国合作开拓国际市场、日本将中国作为其国际合作的制度化关系中的优先合作对象、日本在华投资企业加强在高管层的人员本地化,还在日方提出的中国应进一步提升汇率自由化水平、提升中国经济的投资效率、加快中国资本市场改革这些方面,双方还需要有机会进行进一步的沟通。

        东京—北京论坛是一个非常好的交友论坛。日方的经济对话主持人安斋先生是老朋友了;上次同组讨论的日本议员林芳兵现在成了防卫相,这次也来参加了晚宴;我很欣赏观点比较中立的历史学家松本健一先生,上次会议他主持历史问题讨论,持论颇为客观,而且做耐心解释,关于亚洲主义的来源我还是从他那知道的;冈田克也是民主党的副代表,说话很随便,在日本政治家中显得有活力;机械事业纪念事业财团会长福川伸次先生总是每次特别表扬我的发言,而且他的英语发音在日本朋友中难得地纯正。中方嘉宾里面也有不少很有意思的朋友,前国务院新闻办主任赵启正说话不带讲稿,也比较幽默,是不多的趣味性高官;前驻法大使吴建民先生记性真好,一见我就能喊出我名字;外交场合咄咄逼人的前外长李肇星在私下场合非常谦逊;去年我们一起评为时尚先生又是首个在东京股市主板上市的中国企业的年轻老总白云峰;学者中有不少专门研究日本问题给了我很多教益的朋友:中国社会科学院的金熙德教授、清华大学国际研究所的刘江永教授、对外经贸大学的夏占友教授、农业部农业经济研究中心的宋洪远等,这次还有几个熟悉的媒体好朋友同行:中新社的刘北宪、新浪的陈彤。

    9.15 后辈之学

       

        我的司机是80后,我说出的几乎任何的东西他都可从网上一会儿就查出来,而且还知道一大堆从赛车、新歌、股票、电视节目、新菜、软件的信息。坦率地说,他不只是给了我很多帮助,也是我很出色的老师,激励我学习很多新东西。我发现80后和90后在很多领域的知识远远多于前代人,尤其是关于娱乐、网络、游戏、IT科技、新学习方式、魔幻等等。在这些方面,有优势的不是前辈而恰恰是后辈。

        如果你是一位父亲,如果你不知道你小孩玩的东西,你大概很难明白他,也很难和他对话;如果你是一位领导,你能使用的信息获得方法比员工还少,你大概会显得刻板与无趣很多,那么你也很难得到员工真诚的信任。尤其从80后开始因为他们在获得的信息收集工具多样与所选择的信息获得渠道上更加有发言权,所以他们自小就拥有更多的信息,多的见识与多的视角。如果说,80后前的人们主要是经验与知识之学,而80后的人就很显然的是信息与见识之学。如果论新鲜东西的接触与吸收能力,他们就显著地超过了前代人。

        人们在向前辈学习方面其实没有太严重的心理障碍,但是人们主动而且自觉地向后代学习则不一样,即使后辈有显著可学习的东西,前辈的人总是放不下端起的架子。我认为其实,前辈向后辈学习是更容易的:其一是前辈中大部分人有后学的心理障碍,所以难得的前辈学习者会得到后辈特别的欣赏,教授的积极性会很高其二前辈后学能限制地使得自己融合于后辈,从而表现出在动员、沟通、管理中的优势,而这种优势会加强我们在后辈中的地位,从而获得更好的正循环其三前辈后学并不是简单的与后辈一致,而是更好地理解与接近后辈,更好地协调后辈,后学是一种持续使自己的心态保持开放与进取的姿态,你可以后学一辈,而且可以持续后学几辈,因此可以大大地保持了人的心态与行为模式上的跨代特性,后学是一件有意思的事情,我自己很享受后学,在更多年轻的同事、朋友、观众、博友中学习到很多新鲜的知识,从而能更加见怪不怪,更加能探索与尝试,也能更多地理解与走近更年轻的朋友。有的时候我看着那些比我小而心态又比我衰老的朋友,其实我知道他们的问题在于他们缺少后学,缺少把自己放小,把后辈当作师傅和老师的心理能力,因此他们就把自己废了,或者残了。